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そもそも投資なんぞやっていなかったと仮定すると 【サブプラな反省 4】 - ミニ丸投資顧問

そもそも投資なんぞやっていなかったと仮定すると 【サブプラな反省 4】

2008年10月31日 06:00

そもそも論。

そもそも、投資などという大人の遊びにクビを突っ込んでいなければ、
こんな苦しみも余計な心配も味わうことなく、
恐慌も円高もどこ吹く風で、

「カブとかやっちゃってる人はタイヘンだね、コワいね」

とか、

「円高だから海外でもちょっと行こうか」

的な、ホンワカ気分を満喫していた…のかもしれない。


で、こうやって、個人投資家のハシクレとして、
いろいろとマーケットに参加(惨禍か?)しなかった自分を想定してみる。


――してみたが、


いや、残念ですが、ありえない。

という、結論に至った。


やはり、自分は必ず、どこかのタイミングでリスクを取っていた。
その昔、外貨預金気分で、
外貨をナマで買ってみた時(今思えば滅茶苦茶な方法だが)から、
その運命はもう変えられないものとなっていたはず。

自分は、自分だから、絶対に、どこかで、マーケットに参加していた。
だから、この惨禍も、避けようがなかった。絶対に。

だとすれば、悔やんでも仕方ない。そう捉えるしかない。
サブプライムが不可避的にマーケットを襲ったものだと仮定すれば、
どう転んでも、その中に必ず自分がいたことは間違いないのだから。


だから、前にも書いたとおり、
この経験から、何かを学び取れなければならない。
そして、
今、この時点でこの惨禍に巻き込まれることができたことを、
後々「なんてラッキーだったのだろう」と思い返せるようにしなければならない。


10年後、20年後、
仮に、順風な資産形成が進んでいく中で、
このクラスの恐慌に襲われていたら…と考えると、
本当に、あまりの恐怖感に息苦しさを覚える。


…ただ、世の中には、退職金とか財産の大半をリスク資産化してしまって、
今、自殺したいくらいの苦しさに苛まれている人も、きっといるのではないかと思う。

そういう人がいるかもしれないと、考えるだけで、辛い。
その気持ちは、痛いほど分かるから。
かといって、自分も、他の誰であっても、どうすることもできないのだけれど…。


マーケットは、シビアだ。
「自己責任」の最たる姿かもしれない。

そういう意味では、やはり、「人生」に近いような気もする。
投資、即、人生。
人生とは、投資である。


望むと望まざるとに関わらず、リスクには曝される。
そして、リターンを望むのであれば、リスクを避けることはできない。
そのリスクには、労力や、努力というファクターも含まれる。


こう考えても、
やはり、自分がこの惨禍を避けることは、本質的にできなかったような気がする。



だから、積極的に、ポジティブに、あきらめるしかない。
「避けようがなかった」と。


学べ。そして、何かを産み出せ。









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