そもそも投資なんぞやっていなかったと仮定すると 【サブプラな反省 4】
そもそも論。
そもそも、投資などという大人の遊びにクビを突っ込んでいなければ、
こんな苦しみも余計な心配も味わうことなく、
恐慌も円高もどこ吹く風で、
「カブとかやっちゃってる人はタイヘンだね、コワいね」
とか、
「円高だから海外でもちょっと行こうか」
的な、ホンワカ気分を満喫していた…のかもしれない。
で、こうやって、個人投資家のハシクレとして、
いろいろとマーケットに参加(惨禍か?)しなかった自分を想定してみる。
――してみたが、
いや、残念ですが、ありえない。
という、結論に至った。
やはり、自分は必ず、どこかのタイミングでリスクを取っていた。
その昔、外貨預金気分で、
外貨をナマで買ってみた時(今思えば滅茶苦茶な方法だが)から、
その運命はもう変えられないものとなっていたはず。
自分は、自分だから、絶対に、どこかで、マーケットに参加していた。
だから、この惨禍も、避けようがなかった。絶対に。
だとすれば、悔やんでも仕方ない。そう捉えるしかない。
サブプライムが不可避的にマーケットを襲ったものだと仮定すれば、
どう転んでも、その中に必ず自分がいたことは間違いないのだから。
だから、前にも書いたとおり、
この経験から、何かを学び取れなければならない。
そして、
今、この時点でこの惨禍に巻き込まれることができたことを、
後々「なんてラッキーだったのだろう」と思い返せるようにしなければならない。
10年後、20年後、
仮に、順風な資産形成が進んでいく中で、
このクラスの恐慌に襲われていたら…と考えると、
本当に、あまりの恐怖感に息苦しさを覚える。
…ただ、世の中には、退職金とか財産の大半をリスク資産化してしまって、
今、自殺したいくらいの苦しさに苛まれている人も、きっといるのではないかと思う。
そういう人がいるかもしれないと、考えるだけで、辛い。
その気持ちは、痛いほど分かるから。
かといって、自分も、他の誰であっても、どうすることもできないのだけれど…。
マーケットは、シビアだ。
「自己責任」の最たる姿かもしれない。
そういう意味では、やはり、「人生」に近いような気もする。
投資、即、人生。
人生とは、投資である。
望むと望まざるとに関わらず、リスクには曝される。
そして、リターンを望むのであれば、リスクを避けることはできない。
そのリスクには、労力や、努力というファクターも含まれる。
こう考えても、
やはり、自分がこの惨禍を避けることは、本質的にできなかったような気がする。
だから、積極的に、ポジティブに、あきらめるしかない。
「避けようがなかった」と。
学べ。そして、何かを産み出せ。
そもそも、投資などという大人の遊びにクビを突っ込んでいなければ、
こんな苦しみも余計な心配も味わうことなく、
恐慌も円高もどこ吹く風で、
「カブとかやっちゃってる人はタイヘンだね、コワいね」
とか、
「円高だから海外でもちょっと行こうか」
的な、ホンワカ気分を満喫していた…のかもしれない。
で、こうやって、個人投資家のハシクレとして、
いろいろとマーケットに参加(惨禍か?)しなかった自分を想定してみる。
――してみたが、
いや、残念ですが、ありえない。
という、結論に至った。
やはり、自分は必ず、どこかのタイミングでリスクを取っていた。
その昔、外貨預金気分で、
外貨をナマで買ってみた時(今思えば滅茶苦茶な方法だが)から、
その運命はもう変えられないものとなっていたはず。
自分は、自分だから、絶対に、どこかで、マーケットに参加していた。
だから、この惨禍も、避けようがなかった。絶対に。
だとすれば、悔やんでも仕方ない。そう捉えるしかない。
サブプライムが不可避的にマーケットを襲ったものだと仮定すれば、
どう転んでも、その中に必ず自分がいたことは間違いないのだから。
だから、前にも書いたとおり、
この経験から、何かを学び取れなければならない。
そして、
今、この時点でこの惨禍に巻き込まれることができたことを、
後々「なんてラッキーだったのだろう」と思い返せるようにしなければならない。
10年後、20年後、
仮に、順風な資産形成が進んでいく中で、
このクラスの恐慌に襲われていたら…と考えると、
本当に、あまりの恐怖感に息苦しさを覚える。
…ただ、世の中には、退職金とか財産の大半をリスク資産化してしまって、
今、自殺したいくらいの苦しさに苛まれている人も、きっといるのではないかと思う。
そういう人がいるかもしれないと、考えるだけで、辛い。
その気持ちは、痛いほど分かるから。
かといって、自分も、他の誰であっても、どうすることもできないのだけれど…。
マーケットは、シビアだ。
「自己責任」の最たる姿かもしれない。
そういう意味では、やはり、「人生」に近いような気もする。
投資、即、人生。
人生とは、投資である。
望むと望まざるとに関わらず、リスクには曝される。
そして、リターンを望むのであれば、リスクを避けることはできない。
そのリスクには、労力や、努力というファクターも含まれる。
こう考えても、
やはり、自分がこの惨禍を避けることは、本質的にできなかったような気がする。
だから、積極的に、ポジティブに、あきらめるしかない。
「避けようがなかった」と。
学べ。そして、何かを産み出せ。

